男子バレーボール界で注目を集めるデ アルマス アライン選手。
高い身体能力と力強いプレーでファンを魅了していますが、「日本での学生時代はどのように過ごしたの?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。
デ アルマス アライン選手は海外にルーツを持ちながら日本で成長し、学生時代からその才能を発揮してきました。
現在の活躍につながるバレーボール人生の原点には、どのような環境や経験があったのでしょうか。
この記事では、デ アルマス アライン選手の出身高校や学生時代のエピソード、これまでのバレー経歴をわかりやすくまとめてご紹介します。
トップ選手へと成長した軌跡を一緒に見ていきましょう!
デ アルマス アラインの学歴まとめ
デ アルマス アライン選手の学歴まとめについての紹介します。
■出身中学校
・不明(キューバ共和国出身、U-16代表などを経験)
■出身高校
・都城東高等学校(宮崎県)
■大学・その他
・進学せず高校卒業後にVリーグ(現・サントリーサンバーズ大阪)へ入団
キューバのジュニア代表で活躍後、留学生として宮崎県の都城東高校へ来日しました。
高校時代から超高校級のアウトサイドヒッターとして注目を集め、卒業と同時にサントリーサンバーズへ加入しました。
高校時代の活躍がすごい!
高校時代の活躍がすごい!について紹介します。
男子バレーボール日本代表のデ アルマス アライン選手は最高到達点3m55cmの超高校級の身体能力と圧倒的なパワーでエースとしてチームを牽引し、同校を創部3年目で初のインターハイ出場に導いています。
創部3年目で全国へ
2017年に都城東高校へ入学しています。
持ち前の圧倒的なスパイク力で男子バレーボール部を飛躍させ、2019年の宮崎県高校総体で準優勝を果たし、同校初のインターハイ出場を果たしました。
国体でも活躍
2018年には国民体育大会(国体)の宮崎県少年男子代表にも選出され、県勢の勝利に大きく貢献しました。
高校生離れしたフィジカル
高校時代に対戦したライバル選手からも、「高校生離れした馬力とジャンプ力」「アライン1人に負けた」と評されるほどの規格外の選手でした。
学生時代から注目された理由とは?
学生時代から注目された理由について紹介します。
規格外のパワーと跳躍力
高校時代から大人顔負けの強烈なスパイクと圧倒的な高さを見せつけ、「アライン1人に負けた」と他校の選手や関係者に言わしめるほどの驚異的な存在感を放っていました。
チームを勝利に導くエース
圧倒的な得点力だけでなく、試合の悪い流れを一気に引き寄せる強いメンタリティーとエネルギーを持った選手としてバレーボールファンの間で大きな話題となりました。
学歴から見るデ アルマス アラインの成長ストーリー
学歴から見るデ アルマス アラインの成長ストーリーについて紹介します。
デ アルマス アライン選手の成長ストーリーは、「自分の可能性を信じ、16歳で言葉も通じない異国へ飛び込んだ挑戦と、努力で掴み取った日本代表への軌跡」と言えます。
キューバ時代:やんちゃ少年から“世代トップのエース”へ
■バレーボールとの出会い
幼少期、4歳下の弟と共にあまりに元気すぎて手が付けられなかったため、祖母から「学校でスポーツをして、疲れ果てて帰ってきなさい」と言われたのがきっかけでバレーボールを始めました。
■頭角を現した中学・高校時代
中学時代の全国大会では3年連続で優勝を果たし、キューバのU16代表チームにも選出されるなど、国内の同世代でトップクラスの有望株へと成長しました。
高校時代:16歳での単身来日と、言葉・文化の壁大きな決断
宮崎県の都城東高校で働くキューバ人体育教師の誘いを受け、「日本に行けば自分の可能性がもっと広がる」と来日を決意。
母親からは猛反対されましたが、「チャレンジ以外は選ばない」という強い意志で、2017年に単身日本の高校へ入学しました。
■孤独と猛勉強の日々
来日当初は日本語が一切分からず、ホームシックにも悩まされましたそうです。
しかし、毎日個人向けの日本語レッスンを熱心に受け、チームメイトとも積極的に交流しました。
■創部3年目でインターハイへ
コート内では圧倒的なエースとして君臨し、創部わずか3年目だった都城東高校バレー部を初のインターハイ出場へと導く奇跡を起こしました。
プロ(Vリーグ)時代:「日本に帰化する」というプラン
■入団
高校卒業後には、名門サントリーサンバーズに入団しました。
この時、彼はすでに「将来日本に帰化し、日本代表を目指す」ことを前提とした登録(B登録外国籍選手)を選択していました。
■世界を驚かせた活躍
チームの主力として急成長し、2023年の「世界クラブ選手権」では世界的な強豪を相手に大暴れしました。
日本男子クラブ史上初となる銅メダル獲得の立役者となり、世界に「AJ(アライン)」の名を轟かせました。
現在:日本国籍の取得と「龍神NIPPON」への挑戦
■2024年2月、日本国籍取得
念願だった日本への帰化が認可されました。
高校時代の恩師や仲間、プロで支えてくれたファンへの感謝を胸に、正式に「日本人」としてプレーを開始します。
■夢の日本代表へ
規定による待機期間を経て、ついに日本代表(龍神NIPPON)の登録メンバーに選出されました。
16歳でパスポートとバレーボールだけを持って日本にやってきた少年は、10年足らずの間に、日本のバレーボール界になくてはならない「世界のトップと戦える大砲」へと成長を遂げました。
まとめ
デ アルマス アライン選手は、キューバ出身ながら日本の高校へ進学し、学生時代から高い実力を発揮してきました。
高校では日本のバレースタイルや文化に適応しながら成長を遂げ、その経験が現在のプレーにも大きく活かされています。
日本での学生生活は、競技力の向上だけでなく、語学や人間関係など多くの学びを得る貴重な時間だったといえるでしょう。
高校卒業後は国内トップレベルの舞台で活躍し、日本代表としても存在感を示しています。
デ アルマス アライン選手の学歴や学生時代を振り返ることで、現在の力強いプレーや成長の背景がより深く理解できます。
今後も日本バレー界を支える選手の一人として、さらなる飛躍に期待が集まりますね。


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