深津英臣選手は、日本代表やVリーグ・SVリーグで長年活躍してきた実力派セッターです。
「深津三兄弟」の末弟としても知られ、学生時代から全国大会や国際大会で実績を積み重ねてきました。
「どこの学校出身?」「学生時代はどんな選手だった?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。
この記事では、深津英臣選手の出身中学・高校・大学や、学生時代から現在までのバレーボール経歴を詳しくご紹介します。
バレーボールを始めたきっかけと学生時代
深津英臣(ふかつ ひでおみ)選手は、3人兄弟の末弟として生まれました。
長兄の深津旭弘さんはセッター、次兄の深津貴之さんはアウトサイドヒッターとして活躍しており、「深津三兄弟」として知られています。
小学2年生のとき、兄たちと一緒に地元のクラブチームへ入団したことが、バレーボールを始めるきっかけとなりました。
崇化館中学校で全国中学選抜に選出
愛知県豊田市の崇化館中学校へ進学すると、中学3年生で全国中学選抜メンバー(21名)に選出されるなど、早くから全国レベルの実力を発揮しました。
高校・大学時代の活躍と実績
星城高校で全国制覇を経験
中学卒業後は、愛知県の強豪・星城高校へ進学しました。
主将兼セッターとしてチームを牽引し、2008年の春高バレーでは準優勝を経験。
その後、インターハイと国民体育大会(現・国民スポーツ大会)では優勝を果たし、学校初となる全国制覇に貢献しました。
また、当時全日本ユース監督を務めていた本多洋氏からも高い評価を受けるなど、将来を期待される存在でした。
東海大学ではセッター賞・サーブ賞を受賞
高校卒業後は東海大学へ進学。
大学でもレギュラーセッターとして活躍し、2011年の全日本インカレ優勝に貢献しました。
自身もセッター賞とサーブ賞を受賞し、大学屈指の司令塔として注目を集めました。
Vリーグでのキャリアと成長
パナソニックパンサーズでトップセッターへ
2013年、東海大学卒業と同時にパナソニックパンサーズ(現・大阪ブルテオン)へ入団しました。
同年には日本代表にも初選出され、プロとして順調なスタートを切ります。
尊敬する宇佐美大輔さんから背番号「2」を受け継ぎ、清水邦広選手や福澤達哉選手ら日本代表経験者とともにプレーしながら経験を積み重ねました。
Vリーグ4度の優勝に貢献
在籍中は4度のVリーグ優勝に貢献。
2022年にはVリーグ通算230試合出場を達成し、栄誉賞を受賞しました。
12シーズンにわたりチームを支えた、日本屈指のセッターです。
ウルフドッグス名古屋へ移籍
2024年6月、SVリーグ開幕を機にパナソニックパンサーズを退団。
翌7月にはウルフドッグス名古屋への加入が発表されました。
地元・愛知県でプレーしたいという思いも移籍理由の一つだったとされています。
日本代表としての経験と評価
2013年に日本代表初選出
2013年、日本代表へ初選出。
同年のユニバーシアードでは日本の4大会ぶりとなるメダル獲得に貢献し、自身もベストセッター賞を受賞しました。
日本代表主将としてチームを牽引
2015年のワールドカップや2016年リオデジャネイロ五輪世界最終予選などに出場し、日本代表の司令塔として活躍。
2017年にはキャプテンを務め、石川祐希選手や柳田将洋選手らとともにチームを牽引しました。
国際大会で積み重ねた豊富な経験
2013年から2021年まで、日本代表としてワールドカップ、世界選手権、ワールドグランドチャンピオンズカップ、ネーションズリーグなど数多くの国際大会に出場しました。
安定したトスワークと豊富な経験は、日本男子バレーを支える大きな力となっています。
まとめ
今回は、深津英臣選手の学歴や学生時代から現在までの経歴をご紹介しました。
- 崇化館中学校で全国中学選抜に選出
- 星城高校ではインターハイ・国体優勝を経験
- 東海大学では全日本インカレ優勝とセッター賞・サーブ賞を受賞
- パナソニックパンサーズ(現・大阪ブルテオン)で4度のリーグ優勝に貢献
- 日本代表では主将も務め、長年チームを支えた
学生時代から積み重ねてきた経験と安定したトスワークは、現在も深津選手の大きな武器となっています。
ベテランセッターとして新天地・ウルフドッグス名古屋でどのような活躍を見せてくれるのか、今後も注目していきたいですね。



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